江東区立第四大島小学校のある大島地区は、江東区の北東にあり、中川を区境として江戸川区と隣接しています。



 
「 やみながら 夜はふけつつ 水の上に  たすけをよぶ声 牛さけぶ声 」




  この歌は、本校の近くに住んでいた歌人 伊藤左千夫が詠んだものです。
 明治の終わり頃は、この辺りは牧場で、海抜0m地帯と呼ばれ水害に悩まされていた様子が分かります。
 また、関東大震災(大正 12年)、東京大空襲(昭和20年)では、大きな被害も受けました。



 戦後、町の復興を願う多くの人々の努力で、治水をはじめ計画的な新しい町づくりが進められ、
工場の町から住宅の町へと大きく生まれ変わっていきました。
 戦後初の江東区における公団住宅も、この地にでき、急激に人口も増えていきました。



 そして昭和33年、多くの人々の願いをこめて、江東区の初めての鉄筋校舎のモデル校として、本校が誕生しました。
 一時は、児童数 1,500名を越えるマンモス校でした。
 現在の校舎は、昭和63年に改築されたもので、児童数も大幅に減り450名を切っています。
 改築に際し、区内では3番目になるコンピュータ室が作られました。



 平成2・3年度に教育機器の活用で区の研究協力校に指定され、コンピュータ教育の先進校として活躍しています。

 平成8年度には、松下視聴覚教育研究財団から「視聴覚教育研究助成」をうけ、「ホームページ」の開設を区内で一番早く手がけました。
 その際に作成したガイドラインは、全国の多くの学校等に参考として利用していただいています。

 平成9年には、コンピュータ室の機種が全面的に新しくなり、平成10年11月には、
 国会議員(8名)と郵政省の方々が、「インターネットを利用した学習」の視察に来校されました。
 文教施策の参考になればと願っています。


 平成10年度 開校40周年を迎えました。
 子供達の、先生方の、そして保護者や地域の方々の、みんなの願いが集まった
「善い子が育つ善い学校、第四大島小学校」をさらに発展させることを誓い合いました。




平成15・16年度には江東区教育委員会研究協力校の指定を受け、


「人やものとのかかわりを生かし自ら進んで学ぶ子の育成  
         〜コミュニケーション能力の育成をめざして〜」



をテーマに研究をすすめ平成17年1月21日に研究発表を行いました。
区内外より多数の参観者が訪れ、意義のある発表をすることが出来ました。